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Mercedes-Benzの穏やかな乗り味を気に入って購入に踏み切る人は日本ではまだまだごく少数で、大多数の人はそのブランドイメージ(three pointed star)を手に入れたいという気分で買うのだろう。

CクラスやEクラスは、ブランドイメージだけで衝動買いしてしまってもその特有のおっとりした性質は同乗する家族に安心感を与え、ファミリーカーとしてなかなか悪くないということが経験できる。それゆえ、長く愛用する人も多いようである。タクシーに用いられるクルマをファミリーカーにするという手はなかなか良いのである。

Aクラスはというと、先代の発売当初の「横転する」というイメージが抜けきれず、また、威厳のないコンパクトハッチバックのスタイルゆえ、特にブランドイメージを重視する日本人には支持されなかった。

今回、初代の低迷を覆すべく見栄えを重視して2代目が登場した。ライバルであるVWゴルフ5、BMW1erの人気が高いことから、大衆に対して新しいAクラスの認知度を高めるべく、この10日間モニターが企画されたのだろう。

ちょうど多人数で1泊2日の旅行をする機会があったので、企画に乗ってみることにしたのである。

 

A170

CLASSIC

CVT

YANASE 試乗車

240万円(税抜)

【第一印象】

店頭で車両を借り受けて乗り込むと、分かってはいたものの床板の異様な高さに違和感を抱いた。視線は高い位置にあるが、足の位置も高いため、運転姿勢はミニバン風ではなく、背の低いクルマのようであった。自分のポジションを作ってみると、ステアリングホイールはもっとも手前に引き出し、シートバックはかなり寝かせた状態になってしまった。運転席がそんな状態でも後席の足元は意外に余裕があり、4人の大人が難なく乗れることを確認することができた。

ルームミラーおよびサイドミラーを調節してみたところ、すべてのミラーが映し出す像が見にくいことが気になった。ルームミラーは位置が高く、リアウィンドー越しに見える像はかなり近い場所となり、遠くまで見通すことができなかった(リアガラスよりミラーの位置が高いので、視線は水平よりもかなり下向きになる)。他車を見習ってミラー位置をもっと下げられるような調整機能を付けるべきである。サイドミラーも位置が悪く、ボディ幅がどこまであるのかを像によって判断することが困難であった。ミラー位置をもっと外に出して、状況をつかみやすくしてもらいたい。

内装、特にインパネの触り心地はとても良くなり、Cクラスに近いものになった。ステアリングホイールに標準装備されるスイッチ類も使いやすく、車両情報表示機能も標準搭載され、小さいながらも高級感を印象づける出来であった。

リアゲートを開けて荷室を確認すると、これがなかなか広く、常用する長さ110cmの振り出し竿が余裕をもって入った(写真左:だだし、長い並継は入らない)。これなら2人家族の日常で困ることはないだろう。ついでにボディ開口部の作りを観察してみると、開口部周囲の溶接跡がスポットではなく、連続したものになっていて感心した。剛性低下を最小限にしたいというその作りにMercedesの志の高さを感じることができた。

ブレーキは四輪ともにディスク式を備えており、速度無制限の国から来たクルマであることを強く感じた。

【低速の街乗り】

店から家までの道のりを1時間程度かけてゆっくり走ってみたところ、全般的には快適なクルマであると感じた。静かなことが特徴で、エンジンのみならずロードノイズも小さいことが良かった。乗り心地は大きい入力がないところではソフトな印象を受け、なかなか心地良いと思っていたが、緩やかな大入力を受けた(突起ではなく、張り出したマンホールのようなものを乗り越えた)ときには、乗員の振幅が大きくなり、あまり居心地は良いものではないという印象も持った。

CVT(オートトロニック)のクラッチは電磁式(パウダー)なのかトルクコンバータなのか分からないぐらい滑っている感触が少なく、タコメータを見ていてもトルコンがロックアップするタイミングを認知できなかった。新VitzTIIDAではトルコンの存在が明確に分かり、また20km/hあたりで突如としてエンジン回転数が下がるため、ロックアップも明確に分かるのであるが、AクラスはMercedesの一員らしくスリップの少ないトルコンを使っているため、分かりにくいのだろう。それによって燃費効率は良くなるかもしれないが、発進加速はもたついてしまうのは欠点である。

パワーステアリングは電動式であることが明らかに感じられるものであった。切ったハンドルを戻していき、もう少しでまっすぐになるという時にパワーアシストに変化が起こり(モーターが止まるのか?)、手ごたえが変わるのである。これは新VitzTIIDAと似た感触であった。また、微低速時以外はかなり操舵力が重くなるので、クルマの動きが鈍重なものに感じられた。

【通勤】

上述のように乗り心地が芳しくなかったので、タイヤの内圧を変えてみることにした。借り物に手を加えることができるのは、空気圧だけである。自前の圧力計で測ると初期値は2.2であったが、これを2.4まで高めて走ってみたところ、路面とクルマとの関係が良くなった。乗り心地はしなやかになり、また、少し高めの速度でカーブを曲がったときのタイヤの接地感が良くなり、Mercedesらしいベタッと地に足をつけた安定感が得られた。

そして、さらに空気圧を高めて2.6にしたところ、接地感はやや薄くなったものの大差はなく、乗り心地も大きく変化しなかったため、この状態で走ることにした。なぜなら、週末の旅行の際には4〜5人乗りで荷室も一杯になることが決まっていたからである。もちろん積載荷重増大への対応ということ以外に、走行抵抗を減らして燃費を高めようという意図もあった。

CVTの自動変速プログラムには「C(Comfort)」と「S(Standard)」があり、シフトレバーの左にあるスイッチで切り替える(右ハンドル車では押しにくい)。CではSよりも低回転での運転が可能で、我慢すれば2000rpm以下を維持したまま走行することができる。オートトロニックが一般的なCVTと違うところは、CでもSでも変速比(最大と最小のギア比の比率)が変わらず、スロットル開度と回転数の高まり方に違いがあるということだけなのである。静かなところでトルコンの動きをじっくりと観察すると、ロックアップクラッチは新VitzTIIDAと同様に約20km/hで作動することが分かった。

ブレーキフィーリングは芳しくなく、踏むほどにギュワーっと利いてくれる一般的なMercedesの味ではなかった。なんとなく日本製の摩擦係数が低いパッドが使われているようなフィーリングなのであった。四輪ディスクブレーキを備えていながら、いつでも止まれるという安心感はAクラスにはなかった。

4日間の街乗りで86km走り、給油すると11Lで満タンになった。なお、借り出した時点で満タンだったかどうかは不明である(始め計器はfullを指していたが、今回の給油前でもさほど針の位置に変化がなかった)。

【高速道路を含む長距離走行】

2005年7月30日、1泊旅行は5人乗りで出発することになった。途中で友人のプリウスと合流するまでは、しばらく後席の人には我慢を強いることになると思っていたが、女性が3人で座った後席は、さほど窮屈ではなかったようである。新Vitzの後席でも3人掛けができたことから、さらに幅が70mmも広いAクラスで問題がなかったのは当然なのかもしれない。床が全体に平らで、後席両端の乗員がかなり外側に座るような設計であることも3人掛けを容易にしている要因である。

エアコンはElegance仕様(A170とA200に設定)はオートコントロールになるが、試乗車であるスタンダードのA170(ドイツではClassic仕様という)はマニュアル操作のものとなる。ファンは5段階に調節でき、風の温度は当たり前であるが自在に選べるので、特に不満を感じることはなかった。室内の温度を感知するセンサーもあるようで(パネルに小窓がある)、室温と設定温度の差を認識してコンプレッサを制御するのだろう。コンプレッサは、乗っていた感触からしてON-OFF式の単純なものではなく、可変容量のものが採用されているようであった。快適性はとても高く、マニュアル式エアコンで十分である。ただ、風向きには注意する必要がある。センターの吹出口をまっすぐに向けておくと、荷室が一番冷えて、後席は寒くなるので、前席に座る人は配慮が必要である。

高速道路を走ると、ステアリングの据わりが悪いことに違和感を抱いた。ステアリングホイールに何も力を加えずにいると進路が右か左に勝手にずれて行くので、微妙な修正が常に必要になり、ボーッとしながら巡航することはできなかった。Mercedesなのに直進性が悪いというのはいかがなものか。ステアリングの感触はとにかく反応が鈍く、ドヨーーーンという感じで進路をずらし、修正舵を入れればまたドヨヨーンと動くのであった。ただ、静粛性や安定感は大したもので、A170の最高速の88%の速度で走ってみても、危険な信号を感じることはなかった。

CVTの「C」と「S」では加速時にのみエンジン回転の上がり具合に差がある。高速道路をおとなしく走る場合、Cモードを選べば3000rpmまで回せば事足りる。エンジン回転数を一定の範囲内で維持できるのがCVTの良いところであり、100km/hをキープできればエンジン回転は1900rpmと低く、良好な燃費が得られるだろうと思っていた。

しかし交通の流れが乱雑で、頻繁な加減速が要求される状態にあっては、Cモードでの加速力はもどかしく、ほぼフルスロットル(キックダウンスイッチが入る直前)までペダルを踏みつける機会が多かった。それでも4000rpmを少し超えるだけで、加速よりも燃費を考えた設定になっていることが分かった。もう少し踏んでキックダウンスイッチが入ると、回転数はさらに上がる。また、Sモードを使えばCモードより加速時には高めの回転数を使い、キックダウンスイッチをONにしたフルスロットルでは5500rpm(最高出力発生回転数)を維持したままフルパワーで加速する設定になっていた。ただし、1.7Lエンジンでは加速性能はかなりもどかしい。エンジンブレーキを使いたいときは、Tipシフトで7段階のギア比を任意に選択でき、CVTなのに運転手の好みに応じたエンジン回転数を選択する自由があって使い勝手が良いと思った。

試しに同行のプリウス(BE-UPオイルを入れただけのノーマル車)と100km/hからの加速を比較してみたところ、明らかにプリウスのほうが速かった。A170の最高速度は181km/hということなので、全域に渡ってプリウスに勝つことは不可能だと分かった。

運転席だけでなく助手席や後席にも乗ってみると、Aクラスの居心地はどの席でも同じように快適で、かなり良く出来ていると感じた。途中でプリウスに乗り換えて比較すると、Aクラスには圧倒的に高い剛性感が備わっていることを認識した。しかし、燃費のために軽量化を図ったプリウスにMercedesの剛性感を求めるのは筋違いである。

今回のドライブでは天候が猫の目のように変わり、水が溜まったわだちの上を走ることがあった。Aクラスでは、はねた水がフロアに当たる音がしっかり遮断されていることが分かった。底面と乗員の足が乗る面が異なる二重フロアのおかげで、水しぶきを高く上げるような状況でも不安なく走ることができた。車体剛性アップ以外にも二重フロアは役に立つのである。

全行程660kmで消費した燃料(プレミアム)は55Lで、思ったよりも燃費は悪かった。理由はスロットルの開け過ぎであろう。加速が悪いため、どうしても踏んでしまうのである。なお、プリウスは約20km/Lという好成績を収め、燃料費としては約1.9倍の違いが出てしまった。

【総合判断】

A170の価格は、Cクラスの最安車であるC180 Kompressorの6割強と、かなりの隔たりがある。したがって、同じ基準で見るには無理があるが、「安楽で疲れない移動の道具」というMercedesの価値感を当てはめると、あまり誉められるものではない。

同程度の価格であるプリウスと比べると、まったく趣向は異なるが、プリウスのほうが安楽に、しかも環境負荷を考えながら走ることができて良いと思う。同行者の意見もおおむね一致していた。

こうなると、Aクラスを買うメリットは何なのかが分からなくなってくる。それは、「Vision A 93」の魂が宿るクルマであるということ以外にはないのかもしれない。

 

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